脊柱(頸椎・胸椎・腰椎)と脊髄の障害 の解決事例

93 第14級を前提とする示談締結後、異議申立てにより第12級が認定され、示談時に設けた留保条項に基づき、第12級と第14級の差額部分の追加請求が認められた事案

脊柱(頸椎・胸椎・腰椎)と脊髄の障害

後遺障害等級後遺障害別等級12級~13級13号 :脊柱(頸椎・胸椎・腰椎)と脊髄の障害 、

神経症状
第14級を前提とする示談締結後、異議申立てにより第12級が認定され、示談時に設けた
留保条項に基づき、第12級と第14級の差額部分の追加請求が認められた事案です。

  1,560
万円
保険会社提示額 260 万円
増加額 1,300 万円

交通事故状況

被害者は、自転車を運転していたところ、路外から道路に進入しようとした四輪車に衝突され、頚椎捻挫、腰椎捻挫及び右中指末節骨骨折等の傷害を負いました。

ご依頼者のご要望

被害者は、当初、①頚椎捻挫後の頚部痛等につき第14級9号、②腰椎捻挫後の腰殿部痛等の症状につき第14級9号、③右中指末節骨骨折後の右中指の欠損障害につき第14級6号に該当し、①ないし③を併せて、併合第14級と認定されました。

そして、被害者は、併合第14級を前提として示談を締結したところ、免責証書に「ただし、将来乙(被害者のことを意味します。)に本件事故を原因とする後遺障害等級14級を超える後遺障害が自賠法施行令により新たに認定された場合は、それに関する損害賠償請求権を留保し、別途協議する。」との留保条項を設けました。

被害者は、示談締結後、③に関して異議申立てを行い、その結果、③右中指末節骨骨折後の右中指指膜部の痛み等につき第12級13号が認定され、欠損障害は当該等級に含めて評価されることとなり、①ないし③を併せて、併合第12級が認定されました。

そこで、被害者は、第12級と第14級の差額部分の損害を追加請求したいとご希望されていました。

受任から解決まで

異議申立てにより上位等級が認定された後、被害者は、加害者に対して、留保条項に基づき、第12級と第14級の差額部分の損害を追加請求しました。

しかし、保険会社は、最判昭和43年3月15日・民集22巻3号587号(以下「昭和43年最判」と言います。)を踏まえ、追加請求は第14級を前提とする示談により放棄された損害賠償請求権に基づくものであり、既に成立した示談の拘束力により認められないとして、追加請求に応じませんでした。

そこで、当方より訴訟を提起し、留保条項に基づき追加請求が認められる旨を主張しました。

裁判所は、後述する通り、本件には昭和43年最判は適用されない旨を示し、当方の主張に沿う判断をしました。

示談とは

「示談」は、「和解」と良く似た意味の言葉として用いられていますが、厳密には法律用語ではありません。

日常生活では、民事上の紛争について、法律上の手段を取ることなく、当事者の話し合いなどにより解決し、相互に争いのない状態に至ったことを確認する行為を意味する言葉として用いられています。

ところで、示談は、紛争を最終的に解決する手段です。

そのため、示談では、個々のケースに応じて多少文言は異なりますが、「本示談書に定めるほか、何らの債権債務のないことを相互に確認する。」などの文言を挿入することが一般的です。

交通事故の場合には、示談に際して、「免責証書」や「承諾書」という書類を用いることが多いですが、同趣旨の文言が挿入されています。

しかし、交通事故の場合、異議申し立てなどにより後遺障害等級が上がる可能性があるため、このような文言を挿入することにより常に追加請求が認められないとなると、被害者としては示談に応じることが困難となります。

そこで、実務では、このような場合、前述したような留保文言を設けることが一般的です。

では、保険会社が引用する昭和43年最判とは、どのような事案でしょうか、また、昭和43年最判が示した判断は本件に当てはまるのでしょうか。

以下では、この点を検討したいと思います。

留保文言と昭和43年最判の関係

まず、昭和43年の事案を確認しましょう。

昭和43年最判の事案は、被害者が、昭和32年4月16日に左前腕骨複雑骨折の傷害を受け、事故直後における医師の診断が全治15週間の見込みであったため、被害者自身も当該傷害が比較的軽微なものであり、治療費等は自動車損害賠償保険金で賄えると考え、事故後10日を経過せず、まだ入院中であった同月25日に、被害者と加害者間において、加害者が自動車損害賠償保険金(10万円)を被害者に支払い、被害者は今後事故による治療費その他慰謝料等の一切の要求を申立てない旨の示談契約が成立し、被害者が当該10万円を受領したところ、事故後1ヵ月以上経ってから当該傷害は予期に反する重症であることが判明し、被害者は再手術を余儀なくされ、手術後も左前腕関節の用を廃する程度の機能障害が残り、よって77万余円の損害を受けたというものです。

そして、昭和43年最判は、このように、示談時に全く予想できなかった後遺障害が示談後に発生した場合において、「①全損害を正確に把握し難い状況のもとにおいて、②早急に少額の賠償金をもって満足する旨の示談がされた場合においては、示談によって被害者が放棄した損害賠償請求権は、示談当時予想していた損害についてのもののみと解すべきであって、③その当時予想できなかった不測の再手術や後遺症がその後発生した場合その損害についてまで、賠償請求権を放棄した趣旨と解するのは、当事者の合理的意思に合致したものとはいえない。」と判断しました(なお、番号は当事務所が付記したものです。)。

そして、本件では、保険会社は、昭和43年最判が示した①ないし③の要件を満たしていないことから、追加請求は認められない旨を主張しました。

そうすると、留保条項と昭和43年最判の関係をどう考えれば良いのかが問題となります。

この点、留保文言をもう一度検討すると、「ただし、将来乙(被害者のことを意味します。)に本件事故を原因とする後遺障害等級14級を超える後遺障害が自賠法施行令により新たに認定された場合は、それに関する損害賠償請求権を留保し、別途協議する。」とされており、「それに関する損害賠償請求権を留保し」は、「超える」を受けた文言ですので、留保条項により留保された損害賠償請求権は、第14級を「超える」部分に限られますから、第14級を「超える」後遺障害が認定された場合の損害賠償請求権まで示談済みであると解釈することは、文言上無理でしょう。

また、昭和43年最判は、留保条項が設けられていない場合の事案であるのに対して、本件は、示談に際して留保条項が設けられている事案であり、留保条項が設けられている場合には、この点の事情も異なります。

それでは、裁判所は、どのように判断したのでしょうか。

本件では、裁判所は、加害者が追加請求が認められるのは昭和43年最判が示した①ないし③を満たす場合に限られると主張した点に関して、「本件留保条項の文言に照らし、追加請求が認められる場合が上記の場合に限られるものと理解することはできない」として、当方の主張に沿う判断をしました。

また、裁判所は、本件と昭和43年最判では、留保条項の有無が異なる点に関して、「同最高裁判決は、示談契約に留保条項が定められていない事案であり、本件とは事案も異なる」として、この点も、当方の主張に沿う判断をしました。

このように、留保条項を設けることにより、昭和43年最判が示した要件を満たす場合に限ることなく、追加請求を行うことが可能となります。

従って、もし、異議申立てなどにより将来的に後遺障害が上がる可能性がある場合には、示談を締結する際に、留保条項を設けておく方が良いでしょう。

担当弁護士のコメント 担当弁護士のコメント

示談後に留保条項に基づく追加請求が認められました。
本件は、示談後に留保条項に基づく追加請求が認められるか否かが争点となった事案です。

従来の学説や判例では、示談時に全く予想できなかった後遺障害が示談後に発生した場合において損害賠償を請求することは認められるか否かという点に関しては、議論が積み重ねられていました。

しかし、示談契約に留保条項が設けられている場合にどの範囲の損害賠償請求権が留保されるかなどの点は、必ずしも明確に議論されていませんでした。

本件は、留保条項の読み方や昭和43年最判が適用される事案の考え方など、これまで明示的に議論されていなかった点に対する実務の考え方を示した事案として、参考になる事案と思います。